『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』
4


四月末、前線は完全に崩壊していた。
戦争犯罪者になると予測される人びとは、東と西を見回し、連合軍が両側から近づいていることに気づいた。
終末は目前に迫っていた。
ある者は自殺を図った。投降する者もあれば、潜伏する者もあった。
一九四五年四月三十日に、アメリカ軍がミュンヘンに入ったとき、経済管理本部の元A局局長であったアウグスト・フランクは警察長官室に入り、偽の身分証明書を手に入れていた。……
軍隊が最後の戦いを行っているとき、アイヒマンは部下を集めて、終局が近づいたことを告げた。
……アイヒマンは、国家の敵を五〇〇万人も殺したことに大きな満足を感じているので、笑って墓に飛び込みたいくらいだ、と語った。
しかし、アイヒマンは墓へ飛び込むことはせず、身元を知られずにアメリカの捕虜として数ヵ月を過ごしたのち逃亡し、痕跡を残さずに姿をくらませた。
彼は一五年後に、アルゼンチンでイスラエルの工作員によって逮捕された。
ドイツ人によるヨーロッパ・ユダヤ人の抹殺は、世界で最初の完璧な絶滅過程であった。
西洋文明の歴史で初めて、加害者は、殺戮作戦に立ちふさがるあらゆる行政上、道徳上の障害を克服したのである。
犠牲者のユダヤ人も初めて――自らの歴史に拘束されて――肉体的にも精神的にも破局へと突き落とされていった。
……ユダヤ人の絶滅は、けっして偶然ではなかった。
一九三三年初めに、公務員法に「非アーリア人」の最初の定義が入れられた時に、ヨーロッパ・ユダヤ人の運命が決定されたのである。
『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』ラウル・ヒルバーグ
下巻235、280p 望田幸男他訳 柏書房 1997.11
コメントを送信