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フリードリヒ・グラウザー『砂漠の千里眼』

フリードリヒ・グラウザー『砂漠の千里眼』

玄関扉の前にいたのはしかし身体つきがえらくほっそりとした中年婦人で、鳥のように小さな頭をおかっぱにしている。同じ建物に屯している舞踏学校の主宰者、と自己紹介し、それをものすごい英語なまりのアクセントでやらかしてくれた。そこで刑事は、この事件では、よしそれが捜査官ならだれでもあらまほしい「大事件」であるにもせよ、当方のベルン・ドイツ語ではとても間に合いそうもないぞと思った。ときにはフランス語、ときには標準ドイツ語、それに喉声でごろごろいうバーゼル・ドイツ語を話さなくてはならなかったし――いまやこうして英語もしゃしゃり出てきた……事件の全体が高度に非スイス的なのだ、とシュトゥーダーはぼんやりと考えた。神父が国籍をはっきりいわなかった千里眼伍長を例外として――登場人物は全員がスイス人だというのに……それでいて非スイス的――正確にいえば、長ったらしくて耳ざわりのよくないことばだが、つまりは国外スイス的……

フリードリヒ・グラウザー『砂漠の千里眼』 種村季弘訳 作品社 2000.2 64p

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