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『ヨーロッパ戦後史』

『ヨーロッパ戦後史』

 したがってヨーロッパの近代国家が、他のヨーロッパ人を征服し搾取するという目的を最初から掲げて全力で臨むというのは、第二次世界大戦が初めてだった。
戦い、そして勝つために、イギリス人は自らの資源を略取し蕩尽した。戦争が終わる頃までに、イギリスは国民総生産の半分以上を戦費に当てるようになっていた。
ところがナチ・ドイツのほうは、とりわけ戦争後期には、その犠牲者から奪い取った経済資源を最大限に活用して戦争を遂行した(ナポレオンも一八〇五年以降にこれと同じことをしたが、その効率ははるかによかった)。

ノルウェー、オランダ、ベルギー、ボヘミア〔チェコの中西部でチェコ語称チェヒ〕とモラヴィア〔チェコの東部でチェコ語称モラヴァ〕、そしてとりわけフランスは、ドイツの戦争遂行に不承不承の莫大な助力を強制された。
これらの諸国の鉱山、工場、農地、鉄道は、ドイツの必要を満たすよう命じられ、住民たちはドイツの軍需生産に徴用された――初めは自分の国のなかで、後にはドイツまで連れて行かれて。
一九四四年九月段階で、ドイツには七四八万七〇〇〇人の外国人がいたが、その大部分がむりやり連れてこられた人びとであり、ドイツの労働力の実に二一パーセントを占めていた。
ナチは可能な限り、犠牲者の富に寄生した――実はそれがきわめてうまくいったので、ドイツの一般市民が戦
時規制や物資不足の影響を実感し始めたのは、ようやく一九四四年になってからだった。

『ヨーロッパ戦後史』Post War 2005 トニー・ジャット
森本醇訳 みすず書房 上21p

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