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フランス式ねじ式

フランス式ねじ式

 クラゲに血管を噛みちぎられてしまった少年。時代は総力戦の頃だろうか。鄙の地、医者を捜して彷徨う。イシャを捜しているのだと告げると、眼鏡のインテリゲンチャが「するとキミの欲望は医者捜しという第一目標に概括できるのだな」と答える。少年は、高邁で悪質な冗談に憤慨して去る。隣村。機関車が運んでくれる。眼医者ばかりの村。そこで金太郎飴をくれる老婆がもしかして「ボクのお母さんかもしれない」と少年は口に出し、老婆を狼狽させる。探し当てた医者は、ピンク女優のような女で、お医者さんごっこに誘う。麻酔もかけずに「シリツ」のひととき。血管はネジ止め式に治療され、締めすぎは禁物と注意される。それ以来、ボクの腕は……

 というのが、つげ義春「ねじ式」(一九六八年六月)の、文字に置き換えた梗概だ。
 ある注文原稿で、この「フランス式ねじ式」という用語をさりげなく使ってみた。幸い「意味不明の言葉は適切なものに直してください」などといったクレームはつかず、そのまま掲載された。
 ここで、その意味の説明を覚え書きふうに記しておく。
 まず第一に、これはフランス探偵小説の全般に適用できる傾向である。第二に、同様の方法が他のフランス文化領域ーーアンチロマンとか構造主義とか、一昔前の知的志向にも発見できる。


(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)長方形の一対角を直線で結び、この長方形を巻いて円筒とした時、対角線は「つる巻き線 (helix)」と呼ばれる三次元曲線を描く。ねじは、このつる巻き線に沿って溝を形成したものである。
 一般には、ボルト(雄ねじ)、ナット(雌ねじ)と称される。組み合わせて使うことが通常。ボルトとナットが噛みあわなければ製品とはならない。
 話をこの譬えでつづければ、フランス探偵小説の特色とは、このねじ山の部分特殊な加工をなすところにある。ーー探偵小説において、謎の設定・呈示と解決篇とは、ボルトとナットの関係の緊密さにある。規格サイズの合致はもちろんのこと、精密な「合体」が要求される。フランス式ねじ式とは、このねじ山への意図的な改変のことをいう。
 もっと詳しい説明は、具体的な作品に即して行なうほうがいいだろう。たとえば『私のすべては一人の男』という作品とかは、最適と思える。いずれ時間をかけて試みるつもり。
 

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