『続813』エピローグより アルセーヌ・ルパンと独逸皇帝との対話
「さようです、陛下。事実またわしは死んでおります。わしの生国の裁判所は、わしの厄払いが出来る嬉しまぎれに、わしの死体の焼けただれて見知りがたい残骸を埋葬してくれました。」
「では、そなたはいま自由の身の上だな?」
「はい、何時もわしがあったように自由の身の上です。」
「もはやそなたを束縛する何ものもないというわけか?……」
「もはや何ものもありません」
「さらばどうじゃ……。」
皇帝は一瞬ためらわれたが、やがてきっぱりと、
「さらばどうじゃ、朕に仕える気持はないか。朕が私設警察の指揮権を与えるが。そなたが絶対な支配権を持つわけじゃ。あらゆる権能が、公けの警察に対する権能までが、そなたに与えられるわけじゃ。」
「陛下、折角ですがお断りいたします。」
「してまた何故じゃ?」
「わしがフランス人だからです。」
暫く沈黙があった、皇帝にはルパンの返事が気に入らなかった、それで、
「だが、もはや、そなたをつなぎ留めるものは何一つないというではないか?」
「でも、陛下、その絆だけは永久に断ち切れません。」
さて、ここでにっこりしながら彼がつけ足して言った。
「わしは人間としてはすでに死んでおります、でもフランス人としては生き続けております。[…]」
ーー『続813』モーリス・ルブラン 一九一〇 堀口大学訳 新潮文庫 一九五九 309-310ページ
ルパンは、バルザックのヴォートランの正統な後継者だ。あらゆる権力からの自由。犯罪実行と犯罪摘発とは同一事象の裏表であり、したがって、最高の犯罪者が最高の警察官になることが出来るーーという確信。仏蘭西探偵小説の探偵ヒーロー像は、このように洒脱で特殊だった。謎解きの専門的な[技術者]たることを競う英米風の規準とはまったくの別位相に属する。
それらを、ルブランはバルザックから受け継いだ。そして、ここには、フランス・ナショナリズム(帝国主義)の陽気な宣言がみられる。少し前の、ジュール・ヴェルヌと同様だ。
しかし、この方向は、伝統を形成するにはいたらず、[人間としてもフランス人としても死んでいる]フランス現代思想やフレンチ・ミステリが主流となっていった。



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