シムノンの13
シムノンの小説世界は、一九二九年から三二年のあいだに確定している。この期間に、長編十数篇、短編集三冊が実現し、メグレ警視シリーズの人気も不動となった。シムノンの長編はいずれも短いものだが、この集中と爆発は他に類例をみない。
エラリー・クイーンが書きはじめた時期、同じフランスでは、カミ、アヴリーヌ、ヴェリーが探偵小説に手を染めている。
シムノンの短編は、一九二九年から翌年にかけて、週刊誌連載された。短いコント形式のなかに、奇抜な事件とその解決篇を配した。三人の探偵役をつくり、それぞれ十三篇ずつの短編集として、一九三二年に刊行された。
①『13の秘密』(ミステリ)
②『十三の謎』(エニグマ)
③『十三人の被告』
②と③が合本のかたちで完訳されたのは、ごく最近のことだ。
①→②→③と読みすすめれば、シムノン短編の進化の跡を読み取れる、とする解釈もある。わたしはそう思わないが、まあ、いろいろと感想や評価も出てくるわけであり、①②③と併せて読むのが最上だということは間違いない。
①は、デュパン型の探偵。探偵と語り手の「私」が、新聞記事に出た事件を素材に、パズルを解明する形式だ。探偵が「私」の推理能力をさかんに挑発するところが面白い。この短編集だけ早くから普及していたのは、各篇のアイデアの奔放さにあるのだろう。メグレのシムノンにはみられない自由闊達さがある。
密室の職人エドワード・ホックが、このなかの一篇(作品番号7)を「シムノン唯一の密室殺人もの」と激賞したことは、[9月11日]の記事でふれた。しかし、シムノンは他にも書いている。緩い意味で使えば、作品番号の4、8、11がそれにあたる。4は密室と限定していないが 舞台効果は密室以外のなにものでもない。被害者の死因は[……]と、もったいぶって探偵が解明するところなど、じつに素晴らしい。これがジョークなら、7の結末だって[冗談じゃない]ってことになる。11はありふれたトリックを使っているが、8などはなかなか考えつかない(考えついても書くに値いすると思えない)アイデアだ。フランス式バカミスの一種か。ホックの「長い墜落」を思い出す。
この短編集に関してはまだまだ書きたいことは尽きないが、長くなるので一段落とする。②③は、メグレものを考えるさいには無視できないテクストだ。どちらにしても、三冊まとめて扱う(一篇だけを切り離さないほうがいい)ことによって、シムノンのみでなく、フランス探偵小説にたいする眺望も刷新されていくはずだ。
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