『ヨーロッパ戦後史』
7 ハインリヒ・ハイネが到達した結論によると、ユダヤ人にとっての「ヨーロッパへの入場券」はキリスト教受洗である。
だがそれは、ユダヤ人が担わされてきた差別や孤立という遺産の相続を放棄してしまうことが近代世界への入場対価であった一八二五年の話である。
今日ではヨーロッパへの入場対価は変わった。
二一世紀初頭に完全なヨーロッパ人になろうとする者はまず初めに、はるかに重苦しい新たな遺産を引き受けなければならないのだが、こうしたねじれがもつ皮肉な意味合いは、「狂暴な暗黒時代が轟音を上げてわれわれに迫ってくる」と予言していたハイネならば、誰よりもよく理解したことだろう。
今日、ヨーロッパ人であることの端的な証明は洗礼ではない。
それは絶滅である。
「ホロコースト」を認めることが、われわれの現代ヨーロッパへの入場券である。ヨーロッパのユダヤ人に起こったことで、これまでに謎の部分など何もなかった。
六〇〇万人と推定されるユダヤ人が第二次世界大戦中に殺されたことは、戦争が終わってから数ヵ月のうちに広く認められるところとなった。……
帰ってきた生存者たちは、あまり歓迎されなかった。
いずこの地元住民も、反ユダヤ主義の宣伝が何年もつづいた後では、観念的には「ユダヤ人」の苦悩はユダヤ人自身の所業によるものだという気持ちだったばかりか、自分たちが盗み取った職や財産やアパートの持ち主が帰ってきたのを見て、残念に思ったのは明らかだった。
『ヨーロッパ戦後史 Post War』2005 トニー・ジャット
森本醇訳 みすず書房 2008.03 下451、453p
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