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『ヨーロッパ戦後史』

『ヨーロッパ戦後史』

6 ユーゴスラヴィアは最悪のケースだったが、ポスト共産主義はどこでも困難だった。
……共産主義からの脱出には前例がなかった。
待望された資本主義から社会主義への移行は、ベオグラードからバークレーに至るまで、学会、大学、コーヒー屋でうんざりするほど理論づけられていたが、社会主義から資本主義への移行の青写真など、誰も提示しようとは考えなかった。
共産主義の重荷となった多くの遺産のうち、経済の遺産がもっとも分かりやすかった。
スロヴァキアやトランシルヴァニアやシレジアの時代遅れの工場は、経済的機能不全と無責任な環境汚染の組み合わせである。
両者はお互いに深く関係している。
バイカル湖の汚染、アラル海の生物死滅、ボヘミア北部のすべての森林に降る酸性雨は、生態上の大惨事であるだけでなく、将来への大きな負担である。
新たな産業への投資ができるまでにまず古い産業を解体しなければならず、それらがもたらした損害を誰かが補償しなければならないだろう。
……

ポスト共産主義の各国政府がもっていた基本的な選択肢は、補助金に支えられた社会主義経済から市場主導の資本主義に一夜にして一気に変身することを目指すか、あるいは「計画経済」のなかでもひどい機能不全に陥っている部門を慎重に解体したり、売却処分したりする方向に進める一方で、低廉な家賃、雇用保証、無料の社会的サービスのような地域住民にとって重要だった特徴的な部分はできるだけ保存するか、であった。

『ヨーロッパ戦後史 Post War』2005 トニー・ジャット
森本醇訳 みすず書房 2008.03 下301p

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