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コートダジュールのメグレ

コートダジュールのメグレ

 『紺碧海岸のメグレ』(一九三二)の原題は『自由酒場』。
 メグレは南仏リゾート地で起こった事件を捜査するために派遣される。そこでは、まったくの異邦人だ。
 明らかな他殺事件。だが、当局の意向は、「波風を立てるな」だ。関係する有力者を保護することが第一。捜査は、事件を未解決のままとするための方便。メグレは「これは殺人だ」と何度も主張するが……。疲労がたまり、他のどの事件にも増して不機嫌になる。
 被害者は疎外された外国人だ。自由酒場の自由人。『死んだギャレ氏』『運河の殺人』『霧の港』などにも、同じタイプの人物が登場して、メグレの心情を揺さぶる。一般化すれば[居場所のない]人間だ。自由とは、居場所を持たないこと。
 メグレは常に異邦人として外界をみる。シムノンの三人称客観描写は、時に、メグレのフィルターをとおした主観描写に変容している。探偵小説に特有の、主人公と外界との疎外状況。ハメットほどに厳格な叙述スタイルを試みたわけではないが、シムノンも客観描写の限界については明敏だった。
 メグレが組織の大勢に逆らうことはない。むしろ諦めを選ぶ。パリの自宅に帰り、夫人の手料理を食べ、愚痴を聞かせることで癒やされる。ーーフランスでは事件にならない「事件」がある。これは、フランスで探偵小説を書きつづけることの困難を、思わず漏らしたシムノンの内なる心象風景だろう。
   ーー八月一五日記

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