KIPLING Begining
キプリング事始め
| 読まずに済まそうと遠ざけていたのは、 エドワード・サイード『文化と帝国主義』によるところが大きかった。 | キプリングは短編作家とみなされているが、『キム』や『ジャングル・ブック』や最近翻訳された『プークが丘の妖精パック』をべつにすると、読める環境がしごく劣悪なのである。 |
| 短編の作品数は三百を超えるといわれるが、翻訳されているのは、その二割くらいだろう。 | 試みに、各種の名作アンソロジーに収録されているものを集めて、ならべてみることにした。これがじつに多い。そして多様だ。少年小説、動物小説、ファンタジー、怪奇小説の書き手として高名なばかりではない。ジャンルは、魔術ミステリ、競馬ミステリ、SFにまでおよんでいる。一九世紀末から二〇世紀前半に属する書き手としては、なかなかの流通ぶりではないか。 |

『世界短篇小説大系 英吉利篇上』 近代社 1926.1
「リスペス」 宮島新三郎譯
「異國人の妻」 柳田泉譯
「大尉夫人」 柳田泉譯
ルヂャード・キップリング(一八六五年ーー現存)
現存して文壇に活躍はしてゐるが、彼の名声は十九世紀のもの、精々で二十世紀初頭のものである、依って下巻に入れず本集に入れる。先頃危篤を傳へられたが、後報がない。切に回春を析る。元はインドの新聞記者出身である。
序論の紹介は、柳田泉の筆による。後期作品が視野に入っていないことがわかる。

『世界文豪と其傑作』 安田裸花訳 帝国教育研究会 1926.1
「露骨な戀物語」(リスペス)

『世界大衆文学全集 第35巻』 岡本綺堂編訳 改造社 1929.8
河出文庫(上下)1987.8
「幻の人力車」
英国怪奇小説に重要な位置を占めるのは、この作品によるところか。いかにも綺堂好みの幽霊噺だが、車夫・力車をしたがえて「化けて」出てくる大仕掛けに、大英帝国主義者の面目躍如たる重量がある。

『世界短篇傑作全集 第一巻』英米の短篇小説 イギリス篇 十一谷義三郞 阿部知二編 河出書房 1936.9
「ムハマード・ディンの話」 崎山正毅訳
彼の作品は、時代の呼び声であった大英帝國主義と合致して大いにもてはやされたが、世界大戦以後は詩人としても、小説家としても、余り仕事をせず、青年、壮年時代の活躍を顧み、移り行く社会の姿を見ながら悠々自適してゐた感がある。本年(一九三六年)一月死んだ。
短篇小説は非常に多い。「ムハマード・ディン」は、ある意味では、彼の最もすぐれたものとはいひ得ないーーむしろキプリングらしくないものかも知れない。しかし、彼の作品の中で、最も美しいものゝ一つであることは間違ひない。同時に次第に人心から離れて行かうとする所謂彼の時代受けのした作品とは別に、短くても本当に長く喜ばれるものであることも確かであると思ふ。
(崎山)

『世界恐怖小説全集7 こびとの呪い』 東京創元社 1959.1
「獣の印」 橋本福夫訳
(「獣の印」 橋本槇矩訳 『イギリス怪奇小説集』 旺文社文庫 1980.4、
『怪奇小説精華』 ちくま文庫 2012.11)


『文芸推理小説26人集1』 エラリー・クイーン編 東京創元社 1960.9
「パンベ水夫長の限界」 龍口直太朗訳
エラリー・クイーンの選定は1951年のものだが、さすがに抜け目なく「犯罪文学への貢献」を指摘している。ただ収録作品の出来はやや低調だ。クイーンがここで注目している植民地警官ストリックランドものをつづけて「発掘」してもらいたかった。とにかく、達者なストーリーテラーの一面が長い作品生命を際立たせている。

『世界の文学100選2』 サマセット・モーム編 河出書房新社 1961.5
「王様になりたい男」 鵜飼長寿訳
「神の恩寵もえられず」 土井治訳
達者なストーリーテラーの一面は、サマセット・モームの『世界文学100選』のなかの二作にもあらわれている。モームはキプリングの多くの作品から、自作とよく似たものを選びぬいたのだ。

『魔術ミステリ傑作選』 オットー・ペンズラー編 創元推理文庫 1979.8
「スドゥーの邸で」 柳瀬尚紀訳
ミステリ評論家ペンズラーによる名アンソロジーの一冊。選者は、キプリング作品が集中で最も古いけれど、その「鮮度」はまったく褪せていない、と受け合っている。

『猫文学大全』 柳瀬尚紀編訳 大和書房 1980.7
河出文庫 1990.1
「ひとり歩く猫」

『イギリス幻想小説傑作集』 由良君美編 白水社Uブックス 1985.10
「獣の印」 伊藤欣二訳

『20世紀イギリス短篇選 上』 小野寺健編訳 岩波文庫 1987.7
「船路の果て」

『怪談の悦び』 南條竹則編訳 創元推理文庫 1988.11
「彼等」
稲垣足穂がその題名を自作の表題に用いた本篇は……キップリングの心霊譚の中でも最良の一つと言えよう。彼はある種の作品を書く時、原稿を吟味の上、明言を要せずして言外に暗示しうる部分はことごとく文章から削る、という作業を行なった。本篇はその最たるもので、ヘンリー・ジェイムズばりの幽玄な名品に仕上がっているが、そのかわり読者は、深く行間を読みこまないと物語の勘所がつかめない。280p

『ヴィクトリア朝妖精物語』 風間賢二編 ちくま文庫 1990.1
「壺の中のお姫さま」 風間賢二訳
インドに暮らした短篇の名手キプリングの面目躍如たる本篇は、英国伝来の妖精譚のモチーフをインド民話の形式をかりてユーモラスに語った珠玉の短篇である。422p

『競馬ミステリ傑作集 敗者ばかりの日』 リチャード・ベイトン編 ハヤカワ文庫 1992.10
「ブロークン・リンク・ハンディキャップ」 奥村章子訳
「ブロークン・リンク・ハンディキャップ」は一九〇七年の作品で、実話的色彩が強いと聞くが、事の真相はともかく、エキゾチックなこの国に立ち込める熱気と埃、そして渦巻く陰謀を存分に味わうことのできる素晴らしいミステリ小説である。108p

『馬のすてきな話』 レスリー・オマーラ編 月村澄枝訳 心交社 1994.1
「マルチーズ・キャット」
これは競馬ミステリではなく、ポロを題材にした。

『ヴィクトリア朝空想科学小説』 風間賢二編 ちくま文庫 1994.10
「無線」 新井磯乃訳
我が国でも幻想小説マニアの間では、植民地時代のインドを舞台にした怪奇小説の書き手として、このキプリングの短編を愛読する隠れファンは多い。284p

『書物の王国16 復讐』 国書刊行会 2000.7
「損なわれた青春」 橋本槇矩訳
ボルヘスが言うように、ヘンリー・ジェイムズの小説とキプリングの後期の短篇は互いによく似た雰囲気を持っている。ここに選ばれた両作(「損なわれた青春」と「ノースモア卿夫妻の転落」)とも、複雑な書法がつかわれ、きわめて曖昧な物語となっている。(瀬高道助)278p

『犬と作家の素敵な24の物語』 岡本千晶監訳 バベルプレス 2007.1
「宝を探して」山岡由美子訳

『疫病短編小説集』 石塚久郎監訳 平凡社ライブラリー 2021.3
「モロウビー・ジュークスの奇妙な騎馬旅行」 大久保譲訳
「一介の少尉」 大久保譲訳
「キプリング作品は病のオンパレードである」というのは、監訳者による解説(273p)だ。これは、サイードによる「帝国主義小説家キプリング」という解釈と同様に、額面通り受け取るしかないのだろうか。どうも釈然としない。
「モロウビー・ジュークスの奇妙な騎馬旅行」は、『イギリス怪奇傑作集』(橋本槙矩訳 福武文庫 1991.12 )にも『キプリング短篇集』にも収録されている(「死人の村」のタイトルでの別訳もある)植民地怪談の傑作。
これは、疫病ものというより帝国主義の副産物である秘境冒険奇譚(日本でいえば、小栗虫太郎とか橘外男とかの)に分類したほうがいいのでは?

『囚われて』 沼野充義・藤井省三編 名古屋外国語大学出版会 2021.11
「ヨール嬢の馬番」甲斐清高訳
ストリックランドものの一篇。軽いラヴ・ロマンスで結末も「めでたしめでたし」に納められている。同様の設定にネジレを加えて怪奇譚にすることも、キプリングには容易だったと思われる。
作品の選定はともかく、このアンソロジーは「世界文学の小宇宙」と銘打った「第二巻」であり、「世界文学の未踏の沃野」への道案内である、と宣言している。
解説文もまた、近年のポストコロニアル批評の収穫をふまえ、キプリングを読み直すべし、と謳っている。
短篇選集は三冊

『バベルの図書館27 キプリング集』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス編
国書刊行会 1991.10
「祈願の御堂」
「サーヒブの戦争」
「塹壕のマドンナ」
「アラーの目」
「園丁」
ボルヘスは、主として後期作品から五作選んでいるが、これらは一言でいえば、ボルヘス作品以上に難物だ。
キプリングの超自然的なテーマは(と、ボルヘスは解説する)、《ポーの短編とはちがって、徐々に明らかになるといったていのものである》。
これは極度に控えめな注釈であって、徐々にどころか「いっこうに明らかにならない」といった読書体験を、これらのボルヘス選キプリング作品は読者に強いるのだ。
翻訳者が言い訳まじりの解説を付しているところが、初心者には大いなる助けであった。

『キプリング短篇集』 橋本槇矩編訳
岩波文庫 1995.11
「領分を越えて」
「モロウビー・ジュークスの不思議な旅」
「めぇー、めぇー、黒い羊さん」
「交通の妨害者」
「橋を造る者たち」
「ブラッシュウッド・ボーイ」
「ミセス・バサースト」
「メアリ・ポストゲイト」
「損なわれた青春」

『キプリング インド傑作選』
橋本槇矩・高橋和久編訳 鳳書房 2008.3
「百の悲しみの門」
「ラクの中」
「旅路の果て」
「恐ろしい夜の街」
「王を気取る者」
「教会の承認なしに」
「征服王ウィリアム」
「幽霊リキシャ」
「人生の好機」
「リスペス」
「オン・ザ・シティ・ウォール」
「先祖の墓」
「聖人プーランの奇跡」
「地方長官」
「知られざる世界の記録として」
「クリシュナ神マルヴァニー」
「獣のしるし」
「兵卒オーテリスの狂気」
サイードは、同じ帝国主義作家でも、錯綜としたコンラッドよりもキプリングのほうがわかりやすい、としているが、それはキプリング作品の一部にしか該当しないようだ。
多くの短編小説には、まだ未発見の領域があるのだろう。