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三面記事小説作家シムノン

三面記事小説作家シムノン

 この領域では、文体こそおそろしいほど生気がないが、ジョルジュ・シムノンが《三面記事小説》、すなわちある逸話から、写実主義的テクニックが見出しうる最大限の人間的真実をひきだそうとする小説の、美学と問題提起術とを打ち立てた。シムノンの小説は、じっさい、ある三面記事的事件――一般に犯罪事件――をめぐって構築されているが、しかしそれを利用して、人間意識のいきさかうっとうしい底辺、そのさまざまの虚偽なあばくだけであるという点で、そのような事件をのりこえる。たとえば『男やもめ』(一九六〇)のなかではーー残念ながら、三百冊のシムノンの小説から一例しか挙げられないがーーひとりの男が妻に逃げられ、その後讐察が、ホテルの部屋で死んでいる彼女を発見する。 この《探偵小説》にあっては、事件の捜査は二次的な扱いを受ける。それに、警察はさっさとこの女を自殺と断定するから、調査は夫が日分自身のために行なうのである。ジャンテというこの小説の主人公に残されたことは、なぜ妻が自殺したかを解明することだけである。そして彼は、純粋に心理的に、ゆっくり事件を再構成してゆくうちに、しだいに、それが自分の落度によるも
のであることを悟る。ジャンテはただひとつのこと、すなわち自分が、それと知らずにではあるが卑怯者であったことを発見するのである……ここでは三面記事的事件が、犯人と同一人となった調査者の、文字どおりの自己精神分析のきっかけとなり、出発点となっている……この小説の真のテーマは、要するに《サルトル的》なテーマである。ひとりの男がしだいしだいに、いかにして自分の猿芝居、楽観主義、安楽な生活への欲求、 《自己欺瞞》が妻を自殺に追いやったかな理解するにいたるという……
R・M・アルベレス『現代小説の歴史』一九六二 新庄嘉章・平岡篤頼訳 新潮社 一九六五 296ページ

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