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都筑道夫とシムノン

都筑道夫とシムノン

 短編集『チビ医者の犯罪診療簿』Le Petit Docteur(一九四三)は、1『死体が空から降ってくる』、2『上靴にほれた男』(一九五八)の二分冊となって、HPBから出ている。

 前述した『メグレの回想録』の解説座談会で、都筑道夫は、この二冊と『ベルの死』とは、訳者とともに、思い入れがあって出したにもかかわらず、読者の反響は得られなかった、と語っている。シムノンは他にも二冊、手掛けたが、映画公開に合わせたものだったとも。
 HPBでは、800台の番号で「シメノン選集」が出ていたが、これは都筑の入社前だったという。ページの縁をブラウンにした造本で、現在はマボロシの書だ。そのままHPBに編入されたものもあるが、タイトルも訳者も変わって、別作品かと間違うものもあった。

 1『死体が空から降ってくる』の解説で、都筑は《内容は初期の探偵小説らしい探偵小説に近い》とし、これを読んでいくと《ホームズものの秘密が、わかるような気さえする》と書いている。的は外していないと思えるので、このあたりをもっと詳しく分析して、展開してもらいたかった。
 2の表題作「上靴にほれた男」は、「赤毛連盟」風のデペイズマンに挑んだ野心作だ。シムノンのうちには、素朴な探偵小説好き少年の[いたずら心]がまだまだ残っていたようだ。それを開放させるためには、メグレ以外の探偵役が必要だ。その抱負も、『犯罪診療簿』の各話が進行していくにつれ、いささか雑多になった印象はあるにしても、遊び心は伝わってくる。そのあたりを、都筑は編集者としてアピールしたかったのだろう。

 それが途中で折れ曲がってしまった。ここにも、フランス探偵小説受容の問題点があったにちがいない。シムノンの[本格好み]が話題になったとしても、その内実までは解明されなかった。シムノンだけの問題ではないが、とりわけシムノンにおいて顕著な欠落だったようにも思える。
 シムノンが[文学]であるかどうかは、どうでもいいことだ。
 突飛な殺人、バカらしいトリック、牽強付会な謎解きモード。それらを[嫌いでない]シムノン(の一部)がいた。ーーそのことのほうが重要だ。

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