メグレのごとく生きる者2
『メグレの回想録』Les Mémoires de Maigret(一九五〇)が、『世界ミステリ全集9』に収録されたのは一九七三年四月。このシリーズは、座談会形式の巻末解説を特徴としていた。そこでも、まず話題になっていたのは、シムノンの[引退]についてだった。
『回想録』は、メグレの一人称でシムノン自身を語る、というスタイル。小説ともエッセイとも回顧録ともつかない読み物だが、一種のセルフ・パロディとみなせる。ともあれ、実在の人物であるメグレにシムノンという若造の作家が取材にきた場面からはじまる。スクリーンでメグレに扮した歴代のメグレ役者へのコメントをつけるところなどは、作家の打ち明け話だ。そのくせ、実在人物の回顧録というフィクションの体裁だから、夫人ルイーズとの出逢いの顛末も告白される。
メグレの意見を借りるというかたちで、自作批評も試みている。それは、パトロール警官と街娼との奇妙な相互依存関係を考察する一節にあらわれる。
シムノンが描こうとして目的を果たせなかったのは、一見非常にパラドックスにみえる、こうしたわれわれのなかにある家族的な感情なのである。(北村良三訳 66ページ)
これはもちろん、メグレものに限定した[作家論]であり、作者の真意は、シリーズ作品を外れたところに、こうしたテーマの追究を目指さなければならない、といった目論見に向かっていた。
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