アポリネール「ゾーン」 詩集『アルコール』(一九一三)より
とうとう君は古ぼけたこの世界に飽いた
羊飼娘よ おお エッフェル塔 橋々の群羊が今朝は泣ごとを並べたてる
君は大声に歌いまくる引札を カタログを 広告を読む
これが今朝の詩だ 散文としてなら 新聞がある
有名人の肖像や さまざまな記事や
探偵小説のいっぱい出ている二十五サンチームの雑誌もある
僕は今朝(名は忘れたが)美しい街路を見た
今や君はパリ市内を歩いている 群衆に混じって独りぽっちで
君の身近をバスの群羊がごろごろ吼えながら走りまわる
今日君はパリ市内を歩いている 女たちは血まみれだ
思い出すのも厭だが それは美の末路だった
君はパリにいる 予審判事に呼び出されて
罪人として君は逮捕されたわけだ
君は眼に涙をいっぱいためてあの哀れな移民たちを見ている
彼らは神を信じている 彼らは祈る 女たちは子供たちに乳をのませている
彼らは自分たちの体臭をサン-ラザール駅の待合室にみなぎらせる
君はある怪しげな酒場のスタンドの前に立っている
君は不幸な連中といっしょに二スーのコーヒーを飲んでいる
君は焼けつくようなこの酒精〈アルコール〉を君の生命のように飲む
さようなら さようなら
太陽 切り離された首よ
『アポリネール詩集』堀口大学訳 新潮文庫 一九五四 48-60ページ (抜粋)
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