シムノン&ステーマン序説2
『三人の中の一人』では、三件の殺人が起こるが、謎を引きずるのは、最初の殺人だ。室内の被害者が、室外のどの角度、どれだけの距離から撃たれたかを図示する。謎解き者の見取り図は室内平面図が普通だが、この作品の場合は、三次元の断面図になる。つごう三度、異なる図像が示され、異なる推理が試みられる。これは作者の独創ではなく、明らかにされているように、『ベンスン殺人事件』の応用だ。そこから演繹されるのは、犯人の身長が計測できるという論理だ。それによると、ずいぶんと突飛な犯人像が引き出されてくる。ーーその「推理」にしたがって、話は怪奇ホラーめいた領域にまで逸脱する。被害者が過去にかかわっていた秘密の実験が手記のかたちで挿入される。素朴にいって、この逸脱は不要であるだけでなく、不愉快だ。作者の計算違いを示す症例となる以上の何の意味もない。
探偵は、この作家の看板であるウェンズ氏。後で明かされる理由によって、正体を隠している。
ステーマンは、小説の技倆も平均的で、今では、謎解き派の弱点を示す好例を提供するにとどまる。他の作品にもそれは共通する。シムノンを再読するような発見は期待できない。
『三人の中の一人』の取り柄といえば、タイトルの隠れた意味が明かされる結末のみだろう。クリスティの一九三六年の作品のメイン・アイデアに数年先行していた。とはいえ、先行していただけで、最初の殺人の推理を引っ張りすぎていて、力強さに欠けている。
シムノンは独自の方向を探り、ステーマンは英米主流につながろうとした。英米黄金期に重なるフランス探偵小説の一時期にみられた対照は、以降の時代にも観察できるだろう。しかし、同時に考えられるべき問題は、彼らがフランスの周縁たるベルギー出身であり、フランスの代表選手とはいいがたい点だ。あるいは「ベルギー探偵小説」という別個の項目を立てたほうがいいのか。
この記事(昨日の分も)は、二作品にかぎったうえでの下書きである。
ーー七月二二日記
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