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誘惑する仏蘭西探偵小説の謎・序の序

誘惑する仏蘭西探偵小説の謎・序の序

 08.04の記事のつづき
 始まりは、四月十二日あたりではなかったかと思う。
 書庫の隅に置いたままだったジュール・ヴェルヌの『上もなく下もなく』ーー月世界三部作の完結篇で、『地軸変更計画』のタイトルもあるーーを読みはじめた。予想したより、はるかに面白い。「北極大陸」の領土権を帝国主義列強が競売にかける場面にビックリ。
 遅ればせながら、この作家をしばらく追いかけてみようか、と思いたった。ヴェルヌ本は五冊くらいしかなかったので、集める必要があった。
 だいたい併行して、資料調べにもとりかかった。ここで、日付に注意していただきたい。ーー[国家非常事態]に突入した只中だった。試みに、いくつかの雑誌記事のコピーを参照してみよう、と計画を立てたところ……。
 国会図書館のページをひらくと、次のような無情のお報せがあった。「当分のあいだ、コピーサービスを停止します」と。これが四月十五日の決定。間に合わなかったのだ。いつまで停止するかは明記されていなかった。非常事態宣言は少なくとも連休明けまでは続くだろう、という甘い見通しが大勢だった時期のこと。インターネットによるコピー申し込みが出来ない。近隣の図書館も一時閉館されていった。調べ物を集中してやろうかとプランを立てた折りも折り、この非常事態の襲来にはまいった。
 都立図書館ではまだコピーサービスを継続していたので、幾点かは利用してみた。しかし、国会図書館しか所蔵していない資料は、やはり多く、不便はこのうえない。
この時点で、使えるのは、国会図書館デジタルコレクションのみだった。数はかぎられているが、ダウンロードできる資料も見つかる。ヴェルヌ本では、十数点あった。焦って、不要のものまで片っ端からDLしてしまった。
 というわけで。
 始まりは、ヴェルヌだったが、正味ヴェルヌだけだった。それが、四月の終わり頃になると、例によって、アタマのなかの自己〈ゼルプスト〉が肥大拡大拡張してきて……。
 やっぱり、これは、もう一冊分、書き足さないと解決しないよな。この国のシステムが危機管理に対応していないことはますます明白になり、破滅の臨界が足元にせまっている……。
 [次の仕事]の予定は、漫然と江戸文学を読み直している他は、これといって未定のままだった。ところが、まだNADS21は終わっていないのだ、と気づく。仏蘭西探偵小説論の項目が加算されないと、完結しないのだ、と。
 確実にいえるのは、首都圏非常事態下の奇妙な[非日常的日常]を通過させられる日々がなければ、わたしのうちにこのテーマ(関連テーマの派生)は降臨してこなかったろう、ということだ。


 
 最近、『黄色い部屋の謎』の新訳が出た。また出たのだ。初訳から数えて九十九年。戦後にかぎった翻訳では、十一番目だ。
 我田引水ーー。この件は、仏蘭西探偵小説論がいま求められることの有力な徴候ではないか?
 
 幸い、ヴェルヌ関係の資料として、「日本ジュール・ヴェルヌ研究会会誌 EXCELSIOR!」の全冊を、関係者のご厚意により、しばらく借り受けることが出来た。
 何とか、今年中には、ヴェルヌ論の章を書き上げて、謝意にかえたい。

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