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フリードリヒ・デュレンマット「町」

フリードリヒ・デュレンマット「町」

フリードリヒ・デュレンマット「町」1952

町の姿は、この世のものとは思えないほどに美しく、夜がほのぼのと明けそめる中を、陽光がぬくぬくとした黄金のごとく、市壁の裂け目から射し込んでいた。だが、私はそれを回想すると背筋が寒くなる。というのは、私が町に近づいていくと、そのきらびやかさは崩れてしまい、そして町の内部に足を踏み入れるやいなや、私は不安の海原に身を没することになったからである。町の上空には毒気をはらんだ霧がたれこめて、生命の芽を摘みとってしまい、私は胸苦しい気持ちに襲われ、息をつくのがやっとで、あたかもそこがよそ者には立入禁止になっていて、一歩踏み出すごとに秘法を犯すことになる霊城に押し入っていくかのようであった。私は、かくまってもらうために遠路はるばるやって来た者につらくあたるこの町にかり立てられ、重苦しい夢に悩まされながら、さまよい歩いた。なんとなくその町は自己充足しているといった感じがした。完全無欠で、しかも無慈悲だったからだ。町は開闢このかた変わっていず、家一軒減りも殖えもしていなかった。建物は永遠不易で、時代に超然としていたし、路地は他の古い町のように入り組んではいず、きちんとした都市計画に則って真直ぐに整然と敷設されていたので、無限の彼方まで通じているように見えた。だが、解放感はなかった

私の部屋は、その郊外にある他の家とは区別のつかないあるアパートの屋階にあった。壁は半分傾斜していて背が高く、ただ北側と東側だけは窓のついた二つの壁龕[ニッチ 壁のくぼみ]があって、壁が途切れていた。斜めになった大きな西壁のそばには、寝台があり、ストーブの傍らには炊事場があった。また、その部屋には、なお椅子が二脚と、テーブルが一台あった。壁という壁に、私は、絵を描いた。それほど大きな絵ではなかったが、時がたつにつれて、壁と天井を完全におおいつくしてしまった。部屋の真中を貫いている暖炉も上から下まで画像で飾られていた。

フリードリヒ・デュレンマット「町」 小島康男訳
『スイス二十世紀短篇集』 1977.11 早稲田大学出版部 101、103p

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