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『約束』フリードリヒ・デュレンマット 解説

『約束』フリードリヒ・デュレンマット 解説

『約束』フリードリヒ・デュレンマット 解説 平尾浩三

ところで作家として、いまだ確固たる地位を築くには至らなかった三十歳前後の彼は、中篇の犯罪小説(探偵小説)を二篇、発表した。『判事と死刑執行人』(雑誌連載一九五〇ー五一年)および『疑惑』(雑誌連載一九五一ー五二年)……。
この二篇、特に前者は、一般読書界に大ヒットし、デュレンマットの文筆家としての名声も、物質的な意味での生活も、はじめて一応の安定を見る。……
両篇において、主人公を演ずるのは、したたかな老警部ベアラッハであるが、この魅力豊かな怪人物の活躍は残念ながらこれで終わり、犯罪小説と銘打たれるような作品を、デュレンマットは、その後しばらく完成させていない。ところが――
一九五七年、デュレンマットは、チューリヒの映画製作者ラツァール・ヴェクスラーから、ある映画のための脚本を依頼される。
つまり、当時スイスでは、子供に対する性犯罪が社会問題化していたが、この種の性犯罪を防ぐための教育的な意味をもつ映画が製作されるに際して、デュレンマットが脚本を執筆することになったのである。
そして、紆余曲折の末、ラディスラオ・ヴァホダ監督(彼は脚本執筆にもかかわった)、ハインツ・リューマンの主演のもとに製作され、翌年公開された映画が『真昼の出来事』である。
しかしこの映画は、デュレンマット自身には、正直なところ満足できるものではなかった。中でも、警部が推理を巧妙に組み立てて、少女殺害の真犯人を大格闘の末に見事に逮捕する大団円は、デュレンマットの嗜好にも思想にも程遠いものであった。
かくて、彼は、同じ素材を用いながら、映画化に際して求められたような単純に教育的な性格を乗り越えることを試みる。
そして、映画シナリオを――ないしその前段階となった粗書きのストーリーを――改作し、小説『約束――推理小説に捧げる鎮魂歌』を発表する……。

なおデュレンマットの死後、二〇〇一年に、この小説をふまえた映画がアメリカで製作され、好評を博した。『プレッジ』、監督ショーン・ペン、主演ジャック・ニコルソン。

『約束』フリードリヒ・デュレンマット 1958
平尾恒三訳 2016.3 同学社 282-284p

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