×

「スイス文学の特質について」

「スイス文学の特質について」

「スイス文学の特質について」トーマス・インモース

スイスは、それ自体としてありえない形態をしている。
九州ほどの広さのところに、それぞれ固有の政府、固有の学校行政権、固有の徴税組織を備えた二十二の州があるなどとは、効率を重んじる立場からは、ほとんど想像もできないことである。
どんな政治学者でも、製図板の上でこういうモデルを作り上げてみることなど、考えつきもしないことであろう。
それにもかかわらず、スイスが、文化面では完全に独立した二十二の州からなる連邦国家として、全体として実によく機能していることが、自分の国について深く考える少数のスイス人にとって、なかば嬉しいことなかば呪わしいことと思えるのは当然である。
……深く考えるスイス人は、もちろんまず作家たちの中に見出されるのであるが、彼らは、特に現在にあっては、その国家とその社会と(を受け入れること)に明らかに困難を覚えている。

われわれがいまスイス文学の特殊性について語るとすれば、われわれはその概念を「ドイツ文学」とか「イギリス文学」とかいうのと同じ意味で用いるのではない。
なぜなら、これらの概念がドイツ語あるいは英語で書かれた言語芸術作品を包括するのに対し、スイス文学というのは、スイス連邦の市民によってこの国で話されているドイツ語、フランス語、イタリア語、レトロマン語という四つの言語すべてで書かれた諸作品を包括するものだからである。
この概念にはそもそも意味があるのだろうか?
あるいは言いかえれば、これらの四つの語を用いるスイスの作家たちの作品に共通して認められ、しかも彼らをドイツやフランス等の詩人たちとは区別する特性というものが存在するのだろうか?

精神が星となって輝く時がスイス連邦の歴史においてはつねに稀であった、とある歴史家が結論している。
……民主主義は、それを忘れずにいるためには、行動において、そしてその民主主義の中で活動する人間において、ある種の凡庸さを要求するもののように見える。
この重荷を作家たちもまた、彼らの小国家に苦悩することによって、……担わなければならない。

「スイス文学の特質について」トーマス・インモース
石井不二雄訳 『スイス二十世紀短篇集』解説
1977.11 早稲田大学出版部 223、224、235p

投稿日:

コメントを送信