×

ボゴダ動乱と暴力小説

ボゴダ動乱と暴力小説


  
ラテンアメリカ文学史において、歴史に残る大きな政治的動乱が契機となって発生した小説群の一例としては、メキシコ革命小説のほかに、コロンビア暴力小説を挙げることができる。
一九四八年に起こった、当時の自由党大統領候補であったホルヘ・エリエーセル・ガイタンの暗殺とそれに伴うボゴダ動乱は、宣戦布告もなされぬまま自由党と保守党の全面衝突に発展し、以降コロンビア全土で少なくとも十万人とも二十万人とも言われる死者を出した。
武力衝突による多数の戦死者はもちろんのこと、対立の激しい地域では一般市民をも巻き込み、テロ行為や拷問を伴う凄惨なジェノサイドをも引き起こすことになった。
独立以来、暗殺事件や内戦を繰り返してきたコロンビアでも、この内戦の社会的衝撃は大きく、政治のみならず文化活動にも影響を及ぼすことになった。
……文学界の反応も極めて早く、すでに一九四九年には内戦を題材にした初めての小説、ララ・サントスの『忘れられし者たち』が発表されている。
一九五〇年代以降、後に「暴力小説」と総称されることになる、内戦下の惨状を描いた作品が次々と発表され、一九六〇年代までコロンビア小説は「暴力」というテーマを中心に展開することになった。

小説家に社会的現実の再現を要請するリアリズム的姿勢と、小説作品を社会変革の手段とみなしている点から、暴力小説を実践する作家たちは明らかに、『渦』以来、コロンビア文学に定着した社会抗議小説という路線の延長線上にあったと言えよう。
ただ暴力小説に特徴的だったのは、……暴力事件の醜悪さやグロテスクさを徹底的に強調したことである。
……暴力小説の実践者は、拷問や惨殺といった凄惨な暴力シーンを中心に作品を作り上げている。

……このようにルポルタージュと小説という二つのジャンルの中間にあって、厳密にはそのどちらにもならない作品は、二十世紀ラテンアメリカ文学の歴史に繰り返し出現する。
メキシコ革命小説がそうであったように、特に歴史的な大事件に文学という形式で向き合おうという運動が起こるときにこの現象は顕著に見られるのである。
といってもそれは、……二十世紀前半のラテンアメリカ小説において支配的であった創作理念とより深く関係している……。
小説は自律した芸術の一ジャンルというよりはむしろ、国の社会的状況を暴き出し、社会改革に供する道具と見なされてきたのであり、このような小説理念を基盤に政治的事件をとりこむために、フィクションとジャーナリズムが安易な形で融合してしまうのである。

『フィクションと証言の間で  現代ラテンアメリカにおける政治・社会動乱と小説創作』寺尾隆吉 2007.1 松籟社 「第五章 コロンビアの暴力小説とガルシア・マルケスの登場」187、188、190、196p

投稿日:

コメントを送信