『脱獄計画』
『脱獄計画』解説 鼓直
ここで思い出されるのが、H・G・ウェルズだけではなく、ジュール・ヴェルヌを祖とする空想科学小説において、〈島〉が重要な象徴的意味を担っているという事実である。
ビオイ(=カサーレス)の作品においても然りで、「人類がきまって最初に見る幻想」、ユートピア的な幻想としての〈島〉もしくは〈幸福の島〉は、その根幹的な象徴の一つをなしている。
『モレルの発明』が西太平洋の孤島を舞台としていたように、『脱獄計画』は大西洋を挟んで南と北のフランス領の島々で物語を展開させているのだ。
では、周囲を限られた、それら地球の断片は、いったい何を象徴しているのだろうか。
ボルヘスにとっての〈迷宮〉に比べることのできるビオイ(=カサーレス)の〈島〉は、何よりもまず、……究極のコミュニケーションの道の閉ざされた人間の絶対的な孤独を象徴している。
われわれ人間存在は、永久に相接することなく、世界という海をただようことを宿命づけられた〈島〉でしかない、というわけである。
日録や手紙など、主として一人称形式のテクストによって構成された『脱獄計画』の文体的特徴を……採用することによって(作者が)目指したものも、あの形而上的認識の効果的な呈示だったといってよい。
やはり〈島〉である読み手の局限された意識がその困難な解読の手掛かりとして与えられるのは、それぞれが〈島〉である他ない語り手もしくは書き手の意識が生みだす、予断と曲解によって歪められた事件の細部である。
彼らの狭い、ひずんだ視野に辛うじて映る、矛盾に満ちみちた事象の断片にすぎず、読み手は、しばしば、解きほぐしようのない謎のうちに投げだされたまま困惑する、ということにもなるのだ。
『脱獄計画』アドルフォ・ビオイ=カサーレス 1945 鼓直訳・解説 1993.9 現代企画室 179p
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