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『メモリアス ――ある幻想小説家の、リアルな肖像』

『メモリアス ――ある幻想小説家の、リアルな肖像』

『メモリアス ――ある幻想小説家の、リアルな肖像』アドルフォ・ビオイ=カサーレス

さらに推理小説ふうの短篇――アイデアはボルヘスが提供した――の構想を二人で練ったこともある。
それは、大柄で温厚なプレトリウスという名のオランダ人博士が登場する物語で、学校の校長を務めている博士は、快楽主義的な方法(義務として課される遊戯や四六時中鳴り響く音楽など)を用いて生徒を拷問し、殺してしまう。
この筋書きは、ブストス・メドックスアレス・リンチによるすべての作品の出発点をなすものである。

……
ボルヘスも私も、ダシール・ハメットや、どこにでもいそうな好感のもてる探偵像を創出したレイモンド・チャンドラー、あるいはピーター・チェイニイやウィリアム・アイリッシュ、また、プロットの構築や人物描写よりもいかに作品を早く完成させるかに意を注いだにちがいないアール・スタンリー・ガードナーなどの作品を読んだ。
ボルヘスによると、推理小説を読むことを十分に正当化する理由のひとつに、このジャンルが、数々の謎を巧妙に仕掛けるための知性を作者の側に要求し、読者に対しては注意深い読解を促すことによって、巧みに構築されたプロットを味読する能力を養ってくれることが挙げられる。こうした要素を欠くならば、…すぐれた作品は書けないだろう……。
ボルヘスはチャンドラーの作品も好まなかった。
彼に言わせると、フィリップ・マーロウは忌まわしい悪漢にほかならなかった。
一方、私は、この登場人物に魅力を感じており、……しかしながら、この主人公のうちに私が見出した魅力は、残念ながらチャンドラーのほかの登場人物には見られない。
彼の作品に登場する悪漢の多くは、私にはいつも単純で図式的な、どことなく戯画化された作り物のような印象を与える。

『メモリアス ――ある幻想小説家の、リアルな肖像』アドルフォ・ビオイ=カサーレス 1994
大西亮訳 2010.4 現代企画室 78、107、108p

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